故郷や住み慣れた土地に帰ることが難しい方へ

別れのない「さよなら」

「強制的な避難を強いられること」や「やむなく住居を移すこと」は、単にそれに伴う身体的・心理的・経済的負担だけでなく、さまざまな心身の健康の問題につながりやすいことが、海外の移民や難民の研究においてわかっています。

 

Pauline Boss博士も同じような体験があります。スイスに家族を残し、アメリカに移民した父親の寂しげな姿が、Boss博士が「あいまいな喪失」という概念を考える最初のきっかけとなりました。会えなくなった自分の母親やきょうだいに宛てた父親の手紙の最後には、いつも「私たちは再び会えるだろうか」と書かれており、母国を思う父親はずっと落ち込んだ様子であったといいます。

やむなく離れた故郷を思う時の喪失感は、人々が考えるよりもずっと深刻な場合があります。

 

Boss博士は、このようなあいまいな喪失に遭遇した時、「AもBも(A and B thinking)」という考え方を薦めています。これは「弁証法的思考法」と言われるもので、両極のAあるいはBというどちらかに決めるのではなく、A・B両方を取り入れ、受け入れる方法です。

 

例えば、「故郷の町を離れて申し訳ない」「故郷の町を忘れなくては・・」と考えるのでなく、「新しい場所に住んでも、思い出のたくさんある故郷の町への思いを忘れる必要はない。」「故郷を離れても、私にとって大切な故郷であることに変わりはない。」と考えてみましょう。ボス博士は、「AもBも(A and B thinking)」という考え方を用いて、様々な変化に真向から立ち向かうのではなく、柔軟に自分の考え方を和らげていくことを推奨しています。

 

また、このような経験をされた方の中には、これまで、ただひたすら走ってこられた人も多いことでしょう。それは全速力で車を走らせることと同じです。いつも自分の前に立ちはだかる急な坂を昇るため、最速のギアで前に進むように自分を奮いたたせてきたかもしれません。しかし、そのように全速力で走り続けると、人は燃え尽きてしまいます。

大切なことは、ギアを変えていくことです。車の速度を落とす時にギアを変えるように、徐々にゆっくりと楽に走ることのできるギアに変えていきましょう。

 

それではあなたやあなたの家族にとって、ギアを変えるということは、どういうことを意味するのでしょうか?

その答えを探すために、家族でそのことについて話し合ってみましょう。話し合いの時、できれば子どもたちも、その輪の中に入れて下さい。子どものほうが創造力を発揮して、新しいアイデアを出してくれることもあります。このような話し合いは、現状の問題を整理し、家族がこれから生きていく上で、とても大切なプロセスとなります。