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あいまいな喪失
「さよなら」のない別れとは

Pauline Boss博士は、あいまいな喪失の1つを「さよなら」のない別れ(=Leaving without Goodbye)と名づけました。

 

家族が災害や遭難などで行方不明になった場合が代表例です。死の確証がないため、身体的には不在の状態であるが、心理的にはまだ存在し続けていることをさします。

 

災害や遭難などによる行方不明に限らず、失踪、誘拐、家や故郷の喪失、離婚などがこれに入ります。

 

行方不明者の家族の方へ

目の前にある現実を、ありのまま受け入れるには時間がかかります。家族が行方不明であることは、いまだ信じられないことでしょう。その状況に慣れることは大変なことです。その方の事をいつも考えて不安になったり,生きていないのではないかと気持ちが沈んだり,時には生きているはずだと思ったり、とても不安定な状態になります。また,こういう気持ちが周囲に理解されないために,「もう忘れなさい」,「あきらめなさい」といった言い方をされて傷つくこともあります。亡くなっているだろうと思う場合でも,それが確認できない限り,人は希望を持ち,待ち続けるものです。

 

「あいまいな喪失」には,答えがありません。誰もその方が生きているのか、そうではないのか、正しい答えを出す事が出来ません。そのような状態では,家族は,その方を待ち続ける事になり,自分がどのように考えたらよいのか,またどのように生活したらよいのか,どのように生きたらよいのか,またその方をどのように考えたらよいのかわからなくなります。これはとても不安で,どうしてよいかわからない状態です。また、家族の中でも、1人1人、そのとらえ方や感じ方が異なります。

 

そのような場合,どうしたらよいのでしょうか? 多くの場合,自分でもあきらめなくてはならないと思ったり,周りからはあきらめるようにすすめられたりします。そのように確実でないことに決着をつけることはとても大変なことです。

Pauline Boss博士博士は,このような状態の方にこう勧めています。「決める必要はない」と。どうしてでしょうか? 「わからない」というのがこの場合最も正しい状態だからです。しかし,「わからない」状態でも、その喪失に対処することは可能です。

 

今もそのような状況に苦しんでいる方は「どちらかに決める」必要はありません。気が進まないのに、追悼式や葬儀に出る必要はありません。無理に喪失を認めようとしなくても構いませんが,その方との繋がりを感じられるようなことは、行うほうが良いといわれています。例えば,その人のことを家族で話したり,写真を飾ったり,その人の友人を家に招いたりすることは,心の中でのその人との繋がりを取り戻すうえで役立ちます。

 

また、同じ体験をした人や、自分の思いを理解してくれる人に、思いを話してみることが助けになる場合もあります。その時、たとえ相手が自分とは違う思いであったとしても、どちらかが間違っているということではありません。状況があいまいで不確実なので、出てくる思いや考えも人によってさまざまなのです。

 

あいまいな喪失への対処は、「ひとりひとり考え方が違っても良い」ということから始まります。あなたの周囲の人も、あなた自身も、そのことを認められるようになれば、互いに支え合うことができます。自分の思いが尊重されたと感じた時、人は次の一歩を踏み出せるのです。

回復の手がかり

2012年にPauline Boss博士が来日された時、行方不明者の家族の方に「あいまいな喪失」に関するできるだけ多くの正確な情報を知ってもらうことが、回復の手がかりになると、博士は話されました。例えば以下のようなことです。

 

あいまいな喪失の後では、どんなにしっかりした人であっても、心が不安定になります。また、以前はなんの問題もなかった家族関係が、あいまいな喪失を機に、ぎくしゃくすることもあります。それはその人のせいでも、その家族の問題でもありません。「あいまいな喪失」という状況が、人々や家族を動けなくするのです。すべての問題の原因は、あなたや家族の内面にあるのではなく、外からやってきたものです。

 

人は確実で安定した状況を好みます。状況や自分の気持ちに早く白黒つけたいと思う気持ちが出てくることは自然なことです。しかし、あいまいな喪失に対処する際、大切なことは、白黒つけたり、気持ちに区切りをつけることではありません。区切りをつけようと思っても、つけることが難しいからです。その時は、「AでもありBでもあり」という考え方をしてみましょう。例えば、「あの人はいなくなった、でも今も心の中にずっといる」「私は状況が変わらないことに不安がある、でも私には前を向いて進む機会もある」

 

回復のために非常に大切なことの1つが、人とのつながりです。大部分の人は、家族やコミュニティのサポートを得ることができれば、自分自身の力で回復できる力をもっています。あなたに適切な情報を提供してくれるサポートはありますか?また、あなたには今、「家族のような人」がいますか?(本当の家族でなくても構いません。「心の家族」と呼べる人です。)

その人は、気持ちを聞いてくれたり、精神的に支えてくれているかもしれません。あなたのことを、家族のように心配してくれているかもしれません。信頼できる人とのつながりは、あなたの心を和らげてくれたり、少し楽にしてくれたりすることでしょう。

 

あなた自身や家族の今の状況を、自分や誰かを責めずに、優しい気持で少し振り返ってみましょう。

 

あなたや家族が、あいまいな喪失によって失ったものは何ですか?

失わずにまだ持っているものは何でしょうか?

この状況は、あなたにとってどのような意味がありますか?

家族の中で、今はいない大切な人のことについて、意見の相違がありますか?

そのことで、夫婦や親子、きょうだいの間で葛藤がありますか?

あいまいな喪失のあと、家族の中で何か役割やルールが変化しましたか?

もし機会があれば、同じ状況にある人たちからそのような話を聞くことが、前に進む大きなきっかけになることもあります。

離婚が子どもに及ぼす影響

2017年の人口動態統計では、その年の離婚件数は21万組以上、また親が離婚した未成年の子どもの数は21万人を超えています。日本では、離婚後は単独親権により、親権者の親に子どもが養育される場合がほとんどで、単独親権者の約85%が母親です。また、離婚後に母子家庭となった2組に1組は、年収200万円以下の貧困家庭になるといわれています。

また、養育権のない親は、法的には離婚後は「面会交流」という形で会うことができますが、親同士の話し合いがうまく進まず、調停や審判などに発展する場合もあります。

 

離婚は、親にとって非常にストレスフルであるだけでなく、親の離婚を経験した子どもにとっても、さまざまな喪失体験となります。一緒に暮らすことができなくなった親は、生活上は不在になりましたが、心理的には存在しています。これは「あいまいな喪失」のタイプ1ということができるかもしれません。また、学校や住居も変わり、家庭の中の雰囲気も一変しているかもしれません。そのほかにも、母親が経済的な問題のために、朝から晩まで働き続ける生活になると、母親は一緒に暮らしているにもかかわらず、子どもは頼ることができず、心理的に不在になっているかもしれません。つまり、子どもにとっては、離婚によって「あいまいな喪失」のタイプ2も複合して経験することがあるのです。

 

また、離婚して子どもと離ればなれになった親にとっても、自分の人生や生活から子どもが不在になったことが、「あいまいな喪失」になる場合があります。

 

離婚に悩む夫婦やその家族の中にいる子どもたちをどのように支援するかは、非常に重要な課題です。諸外国では、子どものある夫婦が離婚する際に、離婚教育プログラムや親プログラムを義務付け、離婚が子どもに与える影響について両親が学び、両親間の争いを減らす取り組みもなされています。日本でも、離婚時・離婚後の子どもの支援の必要性が指摘され始めています。