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あいまいな喪失
あいまいな喪失とは

「あいまいな喪失(ambiguous loss)」とは


かけがえのない人や物を失うことを「喪失(loss)」と言います。「喪失(loss)」を経験すると、多くの場合、その直後は悲嘆反応という悲しみの反応が出現しますが、時間の経過とともに少しずつその悲しみから回復していきます。悲しむことは、とても自然なことです。

 

「あいまいな喪失(ambiguous loss)」は、その喪失自体があいまいで不確実な状況のことをいいます。Pauline Boss博士は、この「あいまいな喪失(ambiguous loss)」を「はっきりしないまま残り、解決することも、決着を見ることも不可能な喪失体験」と定義しました。そして、通常の喪失と異なり、あいまいな喪失の中にある人は、終わりのない悲しみのために、「前に進むことができなくなってしまう」と述べました。

 

また、あいまいな喪失の状況では、しばしば「私は誰なのか」ということがわからなくなります。

夫が行方不明の時、「私はまだ妻なのか、そうでないのか」、農業に従事する人が原発の影響で仕事ができなくなった時、「私はまだ農夫なのか、そうでないのか」といったように・・・。

あいまいな喪失では、自分のアイデンティティや役割が脅かされるといわれています。

 

 

「あいまいな喪失」によって失われるもの


  • 大切な人(もの)の不在のために、それまであった関係性(relationship)や愛着(attachment)が失われます
  • その人(もの)の未来とともに、自分の未来がきっとこうなるだろうという確実性が失われます
  • 人生を自分でコントロールできるという感覚が失われます
  • 将来への希望や夢が失われます
  • アイデンティティや、妻としての役割・子どもとしての役割といった自分の役割が失われます
  • 世界が安全な場所であるという信頼感が失われます

 

Boss博士について

Pauline Boss博士について


ミネソタ大学家族社会学の名誉教授であるPauline Boss博士は、長年、家族のストレスや家族療法について学際的研究を行ってきたパイオニア的存在です。家族療法の大家と呼ばれるCarl Whitakerの愛弟子でもあります。

 

博士は、30年以上、 家族療法と家族社会心理学に基づいて独自の家族理論を展開してきました。「あいまいな喪失(ambiguous loss)」は、博士自身の体験から提唱した理論で、その理論の構築と数多くの家族療法の実践は、博士の最も重要な功績の1つであり、高い評価を受けています。

 

 

博士の著書や文献


【新刊】Boss, P. (2022). The Myth of Closure.   W.W. Norton & Company. 

    (令和5年度中に、誠信書房より翻訳書が発刊予定)

 

・Boss, P. (2016). Family Stress Management: A Contextual Approach.

SAGE Publications, Inc.

 

・Boss, P. (2011). Loving Someone Who Has Dementia. How to Find Hope While Coping With Stress and Grief. San Francisco, CA: Jossey-Bass/Wiley.

(邦訳:「認知症の人を愛するということ~曖昧な喪失と悲しみに立ち向かうために~ 和田秀樹(監訳).誠信書房)

 

・Boss, P. (2006). Loss, trauma, and resilience: Therapeutic work with ambiguous loss.   W.W. Norton & Company. 

(邦訳:「あいまいな喪失とトラウマからの回復~家族とコミュニティのレジリエンス~ 中島聡美・石井千賀子(監訳).誠信書房)

 

・Boss, P. (2004). Ambiguous loss research, theory, and practice: Reflections after 9/11. Journal of Marriage & Family, 66(3), 551-566.

 

・Boss, P., Beaulieu, L., Wieling, E., Turner, W., & LaCruz, S. (2003). Healing loss, ambiguity, and trauma: A community-based intervention with families of union workers missing after the 9/11 attack in New York City. Journal of Marital & Family Therapy, 29(4), 455-467.

 

・Boss, P. (2002). Family Stress: Classic and Contemporary Readings. SAGE Publications, Inc.

 

・Boss, P. (1999/2000-paperback). Ambiguous loss: Learning to live with unresolved grief. Cambridge, MA: Harvard University Press.

(邦訳:「さよなら」のない別れ、別れのない「さよなら」 南山浩二(訳).学文社)

 

など

あいまいな喪失の2つのタイプ

Type1  心理的には存在しているのが身体的には存在しない状況


「Leaving without Goodbye~「さよなら」のない別れ~」という言葉に代表される以下のような喪失をさします。

 

*カタストロフィックな状況の喪失

 行方不明、失踪、遭難、誘拐、痕跡不明な喪失、など

*より一般的な喪失

 離婚、養子、移民など

 

 

Type2 身体的には存在しているのが心理的には存在しない状況


「Goodbye without Leaving~別れのない「さよなら」~」という言葉に代表される以下のような喪失をさします。

 

*カタストロフィックな状況の喪失

 アルツハイマー病やその他の認知症、頭部外傷、薬物やアルコール依存、抑うつ、など

*より一般的な喪失

 大切な人の不在、ホームシック、ワーカーホリックな人など

 

注)「カタストロフィック」とは、その人のいる環境に多大な変化が起こる悲劇的な状況をいいます。

あいまいな喪失による影響

1.一般的影響


  • 個人や人との関係性を停止させてしまう
  • 何かを決める時に混乱が生じ、決定を困難にする
  • 悲嘆(喪失の悲しみ)が凍結してしまう
  • 白黒をはっきりつけたくなる
  • 夢の中に答えを見つけようとすることが増える

 

 

2.個人への影響


  • 悲嘆(喪失の悲しみ)からの回復が難しくなったり、悲嘆が凍結したりする
  • 抑うつ的になる
  • 不安やストレス、ストレスに関連した病気が増える
  • 心に深い傷をつくる
  • アンビバレントな感情や罪責感、恥などの気持ちが強くなる
  • 無力感を感じる
  • 何かを決める時の意思決定が難しくなる
  • 薬物やアルコールに頼ったり、自分や他者を傷つける危険性が増える

 

 

3.(家族の、コミュニティとの)関係性への影響


  • 家族のひとりひとりを動けなくする
  • 家族の中で会話が減る、気持ちを共有することが少なくなる
  • 何か決めなくてはならない時も、判断が差し控えられる
  • 家族の中での役割が不明確なままになる
  • お互いの関係性の境界があいまいになる
  • お祝いごとや儀式、家族旅行などをやめてしまう
  • 家族やコミュニティの人たちとの間に葛藤が生じ、しばしば距離をおいてしまう

 

 

*アンビバレントとは

全く相反する感情をもつこと。あの人はいない、いやきっといる、といったような両方の気持ちを持つことをさす。

意識的・無意識的に葛藤状態に陥ることが多く、心の問題を理解する上で重要な概念となっている。

(次のコーナーを参照)

アンビバレントな思考について

「あいまいな喪失(ambiguous loss)」を経験した人には、常に相反する2つの感情(アンビバレント:両価的と呼ばれます)や思考が生じるといわれています。

 

 

 

例えば、以下のような思考です。

  • あの人は帰ってこないかもしれない、いや、帰ってくるかもしれない
  • 以前のあの人はいなくなった、でもまだここにいる
  • 私はあの人とともに生きていく、でも1人で生きていく方法も考えなくてはならない
  • 私は家族の思いを大切にしたい、でも私自身の思いも 大切にしたい
  • この喪失を終わったことにしたくない、でも新しい 一歩も踏み出したい  など
あいまいな喪失への対処

あいまいな喪失への対処


あいまいな喪失からくるストレスは、対処が最も難しいストレスの1つといわれています。

 

 自分が誰なのか、どのように生きていけば良いのかがわからなくなり、まるで生きる術(すべ)を見失ったかのように感じるからです。

しかし、そのような中にあっても、すべてを失ったわけではありません。そこには必ず回復の鍵があり、希望があります。 

 

 以下は、あいまいな喪失に対処する時に、役立つことの一覧です。少しずつでもできそうな事を探してみて下さい。

 

 

対処に役立つこと


■毎日、それが無理ならば週に何度か、夫婦や家族で会話する時間を持ちましょう。意見の相違があっても構いません。まずはお互いの話に耳を傾けることが大切です。自分を理解してもらえる場があれば、どんな人にとっても、それは希望の源泉になります。

 

■家族の会話の場に、子どもたちも参加させましょう。小さな子どもに詳しく説明する必要はありませんが、親や周囲の大人がどんな事を心配しているのかについては、知らせておくべきです。どんな人にとっても、知ることは、何も知らないことよりは良いのです。

 

■自分が何を失い、何は失わずに残っているのか、少し整理をしてみましょう。それが整理できていないうちは、知らず知らずのうちに、罪の意識、恥、怒り、悲しみなどがまじりあった複雑な感情に苦しむことが多いのです。可能であれば、そのことについて、信頼できる人に少し話をしてみましょう。そのような事を整理し、話すことで、気持ちが楽になることがあります。

 

■考え事をしたり、人と話をする時、さまざまな感情がわいてくるかもしれません。そのような時は、自分に優しい気持ちをもちましょう。どんな感情や思いも、あいまいな喪失が原因で起こったものです。自分を過度に責めたり、恥ずかしさを感じたり、判断を下したりする必要はないのです。また、人は誰でも、物事がうまく進まない時、誰かを責めたくなるものです。しかし、そのことで家族や他の人を、過度に遠ざけてしまわないようにしましょう。

 

■情報を集めましょう。情報は力になります。知り合いの人、専門家、インターネットなど、情報源はいろいろあります。その情報をもとに、今の生活や考え方に、新しい選択肢がないか、考えてみましょう。可能であれば、家族や信頼のできる人と、そのことについて話し合ってみましょう。

 

■自分の思いを楽に表現できる人、あなたを理解し、あなた自身もそばにいて欲しいと思える人を探してみましょう。そのような人を「心の家族」と呼びます。

 

■変化を怖がらないで下さい。それはこれから生きていく上で、とても大切なことなのです。

 

■同じ体験をした人とつながれる場所があれば、是非、参加してみて下さい。その人たちは、多くを語らなくても、あなたの苦しみを誰よりも理解してくれることでしょう。

 

 

子どもが経験するあいまいな喪失

子どもの喪失体験は、大人と異なり、どの時期(発達段階)で経験するかによって、その喪失の理解や認識がまったく異なります。逆境にあっても、子どもは大人以上にレジリエンスを発揮することも言われています。しかしその一方で、時間の経過とともに、心の問題がむしろ顕在化する場合もあります。そして、その要因は子ども自身の問題というよりも、その子どもの置かれている状況や、周囲の大人の関わりによる場合が多いといわれています。

 

災害を例にあげると、片親が行方不明になった場合、子どもには行方不明の状況がきちんと伝えられていない場合があります。また、家族や周囲の人たちが、安否確認に奔走している間、子どもは何が起こっているかまったくわからないまま、不安な状態で放置されることもあります。

 

あいまいな喪失をかかえた家族の中に子どもがいる場合、その子どもを「蚊帳の外に置かない」ことが大切です。それがどんなに過酷な体験であっても、家族の一員として喪失を共に受けとめることができるように、周囲の大人たちが配慮することが大切です。自分自身が尊重されていると感じる時、子どもたちは自分自身でグリーフの歩みを模索し、その中で成長していくのです。