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あいまいな喪失
支援者や専門家の方へ

ご遺族などのいわゆる「確実な喪失」の状態と、行方不明者の家族などの「あいまいな喪失」の状態では、置かれる状況も心理的な回復の進み方も異なります。

 

JDGSのメンバーは、震災後早期からPauline Boss博士と連絡をとり、2012年3月にはアメリカで、直接のレクチャーを受ける機会を得ました。その際、Boss博士が特に強調されていたことは、「あいまいな喪失」は、死が確定した「遺族の喪失」とは全く異なる枠組みで支援を行う必要があるという点でした。

 

「あいまいな喪失」の中にある家族にとっては、その状況が続く限り、喪失に区切りをつけることは難しく、家族は一生、その喪失のあいまいさの中で生きていかなくてはなりません。支援する人たちは、まずその状況を理解することが重要となります。また、あいまいな喪失の中にいる人たちがかかえやすい大きな問題として「孤立」があります。通常、社会の多くの人たちばかりでなく、支援者や専門家と呼ばれる人たちも、あいまいな喪失の中に苦しむ方に対して、かける言葉や支える手段がわからずにいます。そのため、どうしても距離を置いたり、不適切な言葉をかけてしまうことがあります。

支援の考え方や方法を知っておくことは、当事者と支援者双方において、大切なことなのです。

支援を始める前に

あいまいな喪失の支援を始める前に、「喪失(確実な喪失)」や「あいまいな喪失」についての理解を深めて下さい。

 これらの理解を深めるためには、JDGSの「大切な人を亡くされた方を支援するためのウェブサイト」や、このウェブサイトの各コーナーが役立つでしょう。

 

 「あいまいな喪失」は状況が複雑なため、「複雑な喪失」ともいえます。複雑な状況は、複雑な悲しみ(複雑性悲嘆)を生みます。人によってはまったく前に進めなくなる場合や、気持ちが沈み、抑うつ的になる場合もあります。

 

しかしそのような状態は、その人が異常なわけではありません。その状況が複雑なために起こっていることです。その人の考え方が誤っている、あるいは問題のある症状だけにとらわれずに、まずその人の置かれている状況を理解しましょう。

 

 「あいまいな喪失」と共に生きることは、どんな人にとっても、とても難しいことなのです。

親族や友人による支援

親族や友人による支援


家族や親族、友人などによるサポートは、最も大切な支援の一つです。なぜなら、その人たちは家族の苦しみをよく知り、その人たちが今ここにいない大切な方をどんなに大切に思っているかを知る人だからです。

 

家族の方たちに何と言葉をかけたら良いのかわからないかもしれません。また悲しい顔や苦しんでいる姿を見ると自分も悲しくなるので、できるだけ触れたくないと思うこともあるでしょう。しかし多くの場合、何も言わなかったり、その話題を避けるよりは「自分も悲しく、とても残念に思っている」ということを、その人に伝えるほうが良いのです。

 

悲しみを取り去ることはできませんが、その人たちが話したいと思う時に耳を傾けたり実際に困っていることに対し援助することによって、あなたはその人を支えることができます。

 

支援に入る前に、「あいまいな喪失」について知っておくほうが、苦しみの中にある人に接する時の心の準備ができるかもしれません。

「あいまいな喪失とは」のコーナーを一度ご覧下さい。

 

 

支援のためのいくつかの方法


1.ただそばにいること

「あいまいな喪失」に折り合いをつけるには、時間が必要です。その期間は本当に苦しいものです。その人に尋ねて、一緒にいてほしいと言われたら、ただ何も言わずにそばにいることが助けになることが多いものです。

 

2.聴くこと

耳を傾けてくれる人に話をすることは、大きな助けになります。悲しみや怒りや苦しさなど、自由に感情を表現することで、苦悩を和らげることができます。ただし、話をすることがつらい時もあります。そのような時は、無理に聞かないようにしましょう。

 喪失との向き合い方は、人によって異なります。どのように悲しみと折り合いをつけていくかも、その人が答えを持っています。特に「あいまいな喪失」では、その人なりに折り合いをつけていくというやり方で、まったく構わないのです。たとえ自分とは違う思いや考えであっても、話の中で出てくるその人の考え方や答えを尊重しましょう。

 

3.今はいないその方を、家族と共に尊重する

家族にとって、今もその方が大切な家族であることに変わりはありません。家族の方と一緒にその方のお誕生日にお祝いをしたり、その方のために集まる機会をもったりすることが、大きな支えになることがあります。そのような周りからのサポートを通して、「その方」や「自分たち」が尊重されていると感じることができるのです。

 

4.ほかに助けになること

家族は起こったことについて、何度も何度も繰り返し考えているかもしれません。それは、この状況に折り合いをつけていく過程では正常なことです。同じ話をする中で、その人は心の整理をつけていくことも多いのです。

 その人に自分自身の体を大事にするように伝えて下さい。十分に食べ、必要な休息をとり、もし健康上の心配があるならば受診するように話して下さい。可能であれば、そのために手伝えることを話し合って下さい。

情報提供・心理教育

「あいまいな喪失」の中にいる人たちは、その喪失にうまく対処できない自分に対して、どこか自分たちに問題があるのではないか、と不安を持っています。それと同時に、周囲の人から言われる言葉に対して、意識的・無意識的に恐れています。例えば、家族が行方不明の場合、「もうそろそろあきらめたら・・?」といった言葉に対してです。その恐れのために、周囲の人々を遠ざけてしまうことが多いといわれています。

 

 「あいまいな喪失」では、誰もその喪失を確定することができません。それが事実です。支援する方も、そのことを前提に支援をして下さい。その人のもつ不安を減らそうと、「白黒つける」ことを勧めたり、「そっとしておこう」とその喪失がなかったように振る舞うことは、支援にはならないのです。 

 

「あいまいな喪失」の支援では、情報提供や心理教育が、重要な支援手段の1つです。置かれている状況の大変さを理解した上で、例えば、

 「喪失を受け入れられない、なかなか前に進めないと感じることは当然のことで、あなたに何か問題があるわけではないのですよ。」

 「周囲の人たちと、あるいは家族の中でも、ひとりひとりの捉え方が異なっても、まったく構わないのですよ」

といったことを、何度も伝えることが大切だといわれています。

 

また、安心できる人との結びつきを少しずつ取り戻していけるように支援していきましょう。そのような人とのつながりは、その人自身が自分の力で、あいまいな喪失に対処していくことにとても役立ちます。

家族療法

「さよならのない別れ」であっても「別れのないさよなら」であっても、家族は「喪失の状況のあいまいさ」に非常に苦しみます。喪失の受けとめ方は家族ひとりひとりによっても異なるため、家族の中でその喪失の話題が避けられ、お互いをサポートすることを困難にします。

 

 家族の皆が深い悲しみをもっているのにもかかわらず、ある人はお風呂で、ある人は寝室で、それぞれがひとりで泣いています。家族がばらばらになってしまう状態です。結果的に、このような家族機能の低下は、家族ひとりひとりの悲嘆を凍結させてしまいます。家族の中でも孤独で、孤立してしまう状態が、あいまいな喪失からの回復を一層進みにくくするとPauline Boss博士は述べています。

 

  Boss博士は、あいまいな喪失を「家族療法」の立場から支援します。「あいまいな喪失」によってその家族にどのような変化が生じたのか、今の家族の機能はどうか、喪失によって家族ひとりひとりの役割がどのように変化したのか、家族の日常生活や慶弔事などはどう変わったのか、これらの事を家族一緒の場で話し合い、家族としてこれからどのように生きていくかを支援します。

 

 個人ではなく家族全体に働きかける「家族療法」という方法が、 「あいまいな喪失」の支援には極めて有効なのです。

ジェノグラムの活用

ジェノグラムは多世代家族構成図とも呼ばれ、家族メンバーの構成を描き、関係性を図式化するものです。Pauline Boss博士は、あいまいな喪失を経験している家族を理解し、見立てを行う時に活用することを勧めています。

 

災害前後の二つのジェノグラムを比較すると、家族のなかで起こった変化が見えてきます。例えば、災害前後で同居家族がどのように変わり、役割がどのように変化したのかなどが浮き彫りにされます。

 

たとえば図1は、災害前の父・母・長女・長男の4人家族のジェノグラムを表しています。

(これは実在する事例ではありません。)

 

 

図2のように災害で母親が行方不明になった時、一番上の長女(姉)が母親の役割をとって家族の窮地を救うことがあります。一方、そのような状態が長期的に続く場合、きょうだい関係や親子関係など家族全体への影響を考えてみる必要がでてきます。

 

 

ジェノグラムを描き、家族全体を一単位としてとらえてみると、姉が頑張っている影で他の家族メンバー(たとえば弟)に問題行動がみえることがあります。その弟を個人の視点から捉えると、「問題を抱えた子ども」と見られがちですが、ジェノグラムを比較すると、災害の発生によって大きく変化した家族・きょうだい関係や相互の役割と、深く関連していることが見えてきます。

 

たとえば、仲がよかった姉が災害後、突然親のように命令口調で接してくることに、弟は反発しているのかもしれません。母親の行方不明に戸惑い、心細い思いを語れるはずの姉とのきょうだい関係を失った弟は、もしかすると「問題行動」という形でグリーフ(悲嘆)を表現しているかもしれません。さらに数か月経つと、父親が弟の問題行動への対処に直接関わりだし、そのことで姉の役割にも変化が見られるかもしれません。弟の問題行動を発端に、家族関係が少しずつ変化していく過程は、その家族のレジリエンスともいえます。

 

このようにあいまいな喪失を体験している家族のジェノグラムを見ていくと、家族の発達段階を視野にいれて、その家族のもつ回復力・レジリエンスに注目しながら、支援を考えることができます。

複合するあいまいな喪失

あいまいな喪失を支援する際、「その方が何を失ったのか」を整理することが重要な場合があります。

 

例えば、原発事故で故郷の町から強制的に避難することになった場合を考えてみましょう。その方は何を失ったのでしょうか?

次のようなことが考えられるかもしれません。

  • 住んでいた家を失った
  • 住み慣れた家での家族の和やかな団らんを失った
  • 草花を大切に育てていた庭を失った
  • 会えば気軽におしゃべりをしていた近隣の人たちを失った
  • 家族とともに住み、満足感や幸福感を感じていた生活を失った

そのほかにもたくさんあるかもしれません。

 

Pauline Boss博士は、「人は、失ったものがはっきりしないと、悲しむことができない」と言います。支援の中で、体験した数多くの喪失を一緒に確認する作業が、逆に重荷を軽くし、ストレスを軽減させることがあります。支援者は、そのような作業を通して、悲しみに伴走するのです。

 

6つのガイドライン

Pauline Boss博士は、支援者が行う介入のガイドラインとして、以下の6つを挙げました。

 この6つのガイドラインは、直線的なものではなく、行きつ戻りつしながら円環的に進みます。この6つのガイドラインについては、2015年に刊行された「あいまいな喪失とトラウマからの回復(誠信書房刊)」の中で詳しく説明されています。

 

 

1.意味を見つける

<役立つこと>

・困った状況に「あいまいな喪失」という名前をつけてみる

・家族や仲間と、起こったことにどう対処しているのかを話し合ってみる

・隠し事をしない

など

 

2.支配感を調節する

<役立つこと>

・世の中はいつも公平ではないことを認める

・気持ちが沈み、うつ的になったとしても、全ての原因は、自分や家族ではなく、あいまいな状況のために起こっていることを知る

・自責の念を軽減する

など

 

3.アイデンティティを再構築する

<役立つこと>

・コミュニティの中で「心の家族(家族のように思える人)」を見つける

・家族の中で誰がどのような役割をとるのか、柔軟に考える

・孤立しない

・面目などの社会的な規範に過度にとらわれない

など

 

4.両値的な感情をノーマライズする

<役立つこと>

・罪悪感や恥、怒りの感情をもつことは、あたりまえのことであると認識する

・その感情を、仲間や信頼できる人と話し合ってみる

・家族や仲間との間で「話し合いはしないというルール」を作らない

など

 

5.新しい愛着の形を見つける

<役立つこと>

・心の中に存在する家族や家・故郷は、以前とは異なることを認める

・失ったものを悼み、まだあるものに対しては祝福する

・新たな人との絆を見つける

など

 

6.希望を見出す

<役立つこと>

・あいまいさに対して楽に対応できるようにする

・答えのない問いを受けとめる

・物事が思うように進まなくても、人生をコントロールできる感じをつかむ

・失敗しても大丈夫と思える

など

ピアサポート

誰もが困難な状態から自ら回復する力をもっています。その力は近年、「レジリエンス」という言葉で表現されています。「あいまいな喪失」においても、このレジリエンスをどのように支援していくかが鍵になります。

 

 ほとんどの人たちは、どのような「あいまいな喪失」の状態にあっても家族やコミュニティの支えがあれば、その状態に対処できるようになります。そのためには、先に述べたような、ばらばらになってしまった家族の結びつきを再び取り戻すための家族療法的な働きかけが重要です。

 

また、コミュニティに同じ体験をした「ピアサポート」のグループを作り、信頼できる情報と情緒的にも安心できる場を作ることも極めて大切です。

 

 Pauline Boss博士は、2001年のアメリカ同時多発テロの際も行方不明者家族に対し、その方たちを集めてグループミーティングを行い、多くの人々の回復の手助けをしました。その要約は、このコーナーの「9.11における支援」をご参照下さい。

9・11NY同時多発テロにおける支援

2001年9月11日にニューヨークで起こった同時多発テロは、死者2819名のうち、完全な遺体は289体、何も手がかりもない家族は1717家族に及びました。

 

 テロのあと、Pauline Boss博士はワールドトレードセンターにあるビルサービス会社の要請により、そこで行方不明となった人たちの家族のケアにあたることになりました。

 

 テロから32日後、招集されたミネソタとニューヨークのセラピストチームによって、最初の行方不明者家族の集まりが開かれることになりました。

 

 家族の集まりに先立ち、セラピストに研修が実施されました。その研修では、あいまいな喪失に関する理論的な考え方と、それによって引き起こされるさまざまな反応や課題を知る所から始められ、セラピスト自身が支援の前に自分のあいまいな喪失の振り返りの作業をしておくこと、文化的背景への理解を深めることが、組み込まれました。

 

 そのトレーニングの後に開催された家族ミーティングでは、以下のことを原則に進められました。

 

  1. 家族を1つの部屋に集め、彼らの体験を「あいまいな喪失」と名づける

  2. 家族ができるだけ情報が集められるようにサポートする
  3. 安全な場を提供する
  4. 中止された儀式やお祝い事ができるように励ます
  5. 終結という言葉を使わない
  6. 家族の機能を保つために、家族の役割やルール、儀式的な事を扱う
  7. 家族間に秘密がないかをチェックする
  8. 希望について話し合う
  9. 両価的な考えを正常なこととしてとらえる

などです。

 

集まりに参加した家族は、次のように語りました。

 

「この集まりは大きな助けとなった。」

「今日ここにいる皆が自分の悲しみを聞いてくれ、理解してくれたと感じることができた。」

「自分の子どもたちの前で、この事を話したのは初めての経験だった。とても大切なことだった。」

 

 Boss博士は、行方不明者家族の支援においては、PTSD(トラウマ)の治療法だけでは不十分であると述べています。心理面で深刻な問題が生じている人は、しかるべき専門家に紹介することが大切ですが、それ以外の多くの人たちは、気持ちがしっかりと理解され、受けとめてもらえたと感じることのできる環境があれば、自分自身の力で回復していくことができます。

 

 9.11では、Boss博士がコーディネートした家族の集まりを機に、多くの行方不明者家族が次の1歩を踏み出しました。

 

<参考文献>

Pauline Boss, et.al.: Healing loss, ambiguity, and trauma: A community-based intervention with families of union workers missing after the 9.11attack in New York City.

J Marital and Family Therapy 29(4). 455-467.2003. を参照。